マンガ好きもそんなに悪くはない。

昨日は元広告業種勤務のプロを招いて、ゼミのキャッチコピーを作った。


といっても完全受注!ってわけじゃなくて、
講師として招きコピーライティング手法を学んだうえで、
ゼミ生がさまざまに案を出して決めるというもの。


終わったあとは飲み会。
さすが前線でバリバリ働いていた人だけあって言葉の重みが違う*1


そもそも僕の所属するゼミがメディア分析を主としているから、
僕自身マスコミや広告業界への憧れは無いわけじゃないけど
それでもそれを仕事としてやっていけるかどうかはまた別の話。


だからといってゼミでやっていることが無駄になるとは思っていないし、
今やってることはこれからの人生をより面白おかしくするための糧になると思ってる。
自分がそう思ってやってるんだから面白くならないわけがない。
僕は他の仕事をしながら、たまにメディアのこととかを考えたり本を読んだりするほうが
幸せになれるだろうと今は考えている。


そんなわけで業界人の武勇伝や苦労話やノウハウなんかを聞くのはとても楽しかった。




また、その人は相当のマンガ読みだったみたいでその辺でも意気投合。
ちょっとの間、二人でマニアックなマンガ談義に華を咲かせていたら、周りのみんなはドン引き・・・
ってほどドン引いてる様子はなくて、「よくそんなことまで知ってるなー」と不思議な顔をしてた。
マンガ好きが高じて技法や構成、装丁とか広告に関するとこもある程度フォローしてたから
そういう話は同期のみんなには新鮮な視点だったらしい。


でも「作り手の立場になって考える」というのは僕のおたく的考え方とすれば当然で、
そうすることで作品やその周辺のことがもっと理解出来るようになるものだと思ってる。
おたくも捨てたもんじゃない。


なんで僕がこういう風に作品のことを理解しようと考えるようになったかっていうのには
一般に言う「おたくだから」っていうだけだとちょっと説明不足だと思う。


これはおたく全般をさして言えることだと思うけど、
おたくは常に搾取されるターゲットになっている。
アニメのキャラクタービジネスはものすごい勢いでおたくから金を巻き上げる。
おたくなら好きな作品の物を手元に置いておきたくなるのは当然だけど、
取捨選択を行わずただ与えられるものを買うだけでは子供と一緒。
本当に作り手の気持ちがこもっているものだけを買いたいと願っている人は
それを見極める目を持つことが必要とされる世の中なのだと思う。


そういう意味で、多くの人が関わりそれぞれの思惑が渦巻いて作られるアニメやゲームは
不純物が混じりやすく玉石混合で見極めが難しいジャンルなのだ。
だから僕は基本的には一人の作家が物語、絵、セリフすべてを手がけ、
そうやって作り上げるマンガという媒体が好きだ*2
アニメやゲームという媒体にそれぞれ素晴らしいところがあるのも認めるけれど、
以上のような理由で僕はマンガを読むことが好きだ。
話がそれた。
閑話休題


そんな偽者ばかりの世界のなかで、数少ない満足できるものを選んで楽しんでるおたくは
業界の流れだとか広告の打ち方なんかにも敏感になってるんじゃないかなぁ。


そんなことを終電に揺られながらほわほわと考えていたのでした。

*1:とは言うものの、実際はとても愉快で気さくなキャリアウーマンです。

*2:連載雑誌、単行本の売り上げなどの要素も重要ではあるけど、この際目をつぶろう。